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2013-11-18 23:52 | カテゴリ:
2日目の朝は・・・雨・・・天気予報は外れませんね~(^^;
状況を見ながら、臨機応変にコース変更ありでスタート~

天理駅から石上神宮を目指す。
途中、「川原城会館」の名前に反応!
つぶやいてみたら、フォロワーさんが調べてくださいました!ありがとうございますm(__)m
なんでも、日本歴史地名大系に「『大和志』に『川原城村塁址』とみえ、中世、川村正武居城地と伝わる」とあるそうで、やはり城があったようです。

進んでいくと、破風がいっぱいある建物が見えてきた。
そう、天理と言えば天理教。天理教教会本部の施設。
破風のある屋根部分も部屋があるのかなぁ?それとも単なる飾り?
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そして、神殿も破風多し!
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そんな天理教教会本部の脇を抜け、しばらく進む。
着ました!!石上神宮!!
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後醍醐天皇の文保2年(1318年)に建立された楼門(重文)に、
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永保元年(1081年)に白河天皇が鎮魂際のために、宮中の神嘉殿を寄進された現存最古の拝殿に、
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鳥羽天皇の永久年間(1113-1118年)に創建された内山永久寺から移築された拝殿(国宝)と、貴重な建物がいっぱいだ!
この拝殿、真ん中が通路のように開いているのは珍しいそうだ。
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摂社には、出雲建雄神をご祭神とする出雲建雄神社、万物を産み出す神の高皇産霊神(たかみむすひのかみ)と神皇産霊神(かみむすひのかみ)をご祭神とする天神社、七座をご祭神とする七座社がある。
境内には天然記念物の長鳴鶏(ながなきどり)の一種の東天紅(とうてんこう)や烏骨鶏(うこっけい)など30羽のニワトリがいる。
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お参りをし、御朱印と起死回生の霊力がある御神劔守を頂いて、いざ山の辺の道へ~
と、この時点で雨は小降りに♪
行けるとこまで行っちゃおう!ってことで、正倉院展は来年へ持ち越しw

石上神宮に移設された拝殿が元々あった永久寺跡。
石上神宮の神宮寺として盛時には大伽藍を誇っていたそうだ。
明治の廃物毀釈で廃寺となり、わずかに池を残すだけとなっている。
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この先道幅が狭くなり・・・と、んっ?途中から車道に出た・・・こっちからは一般道もありなのね~
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夜都伎(やとぎ)神社
春日神社と縁故深く、春日から若宮社殿と鳥居が下げられるのが例となっていると伝わる。
(写真は拝殿)
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コスモス畑を通り、竹之内環濠集落へ。
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建武3年(1336年)の春日神社文書の記録にも現れる古い集落。
集落の周囲に濠をめぐらす環濠集落で、現在も濠の一部を残す。
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次へ向かっている途中、萌え~なマンホールに出会ったぁ~♪
人のように見えるのは、神様?卑弥呼さま?イシュタルかも~♪と妙なテンションにw
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途中古墳らしきものがちらほら。
住宅地に入る手前に、西山塚古墳がある。
なんと、古墳はミカン畑になっている!!つー事は私有地かっ!
そして、濠には金魚がいっぱいいる~
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大和古墳群の看板があった。
FULL2も歩けば古墳に当たる状況だwww
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西山塚古墳から萱生環濠集落の入り口まで戻り、山の辺の道を離れて次の目的地へ~
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途中、栗塚古墳、西ノ山古墳、下池山古墳を見る。
栗塚古墳、西ノ山古墳はミカン畑になっている。
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下池山古墳の濠には、これまた金魚の大群!!
養殖してるのかな?
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古墳群を抜けて、大和(おおやまと)神社へ。
戦中は、戦艦大和の守護神として祀られた神社で、戦艦大和の長さは参道の長さとほぼ同じ270mだそうだ。
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日本大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)、八千弋大神(やちほこのおおかみ)、御年大神(おとしおおかみ)をご祭神とする。
ちらりと見えるご本殿の屋根がカッコイイ!!
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またちらちらとミカン畑と化した古墳を見つつ、長岳寺五智堂を過ぎて・・・
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黒塚古墳に着ました♪
前方後円墳のクビレに萌え~♪
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古墳展示館もあり、ボランティアガイドさんに館内の石室のレプリカや、銅鏡のレプリカを説明していただいた。
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その銅鏡の中に、あのマンホールのデザインの元であろうものに出会ったぁ~♪
もぉ~っ大興奮だよぉ~!!
(参考:前出の記事→ http://full1207.blog.fc2.com/blog-entry-839.html)
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この辺りは室町時代には柳本城があり、天正8年(1580年)に織田信長に破却された後、元和2年(1616年)には織田長益(有楽斎)の五男尚長が陣屋を構え、廃藩置県で柳本藩が廃止されるまで続いていた。
くびれ部には、城郭として利用された掘割の跡が検出されており、その部分をわかりやすく舗装してある。
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昨年3月の奈良大学オープンキャンパスで、千田先生と昇太さんの話しに上がった城跡だった古墳に似ていいたが、看板の感じが違ってたな・・・他にもいっぱいありそうだから違うかな・・・

空が再び怪しくなってきたので、陣屋跡に残る石垣を確認できないまま、1時間に2本の電車に乗車~
巻向で下車、雨が降ってきた~纒向古墳群へ急げ~

先ずは纒向石塚古墳
3世紀初頭の築造と考えられ、全長99mで後円部径、前方部長の比率が2:1の纒向型前方後円墳だそうだ。
太平洋戦争中に高射砲陣地の設営目的で、埋葬施設とともに墳丘の上部が大きく削平されている。
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纒向勝山古墳
石塚古墳と同様に、3世紀初頭の築造と考えられ、全長115mの纒向型前方後円墳。
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纒向矢塚古墳
こちらも同じく3世紀初頭の築造で、全長93mの纒向型前方後円墳。
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東田大塚古墳
全長120m、箸墓古墳に次ぐ墳丘規模だが、南西に伸びる前方部が大きく削られている。
箸墓古墳とほぼ同時期の3世紀後半頃の築造と考えられている。
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最終目的地まで来たところで本降りになってきた!!
降水確率90%予報に、よくぞここまで持ってくれた!!
段々雨脚が強くなる中、前日に気になっていた三輪そうめんの山本へ急げ~!
温かい三輪そうめんをいただいていると、外は土砂降り!
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少し弱まった雨の中、カッパを穿いて巻向駅まで歩く。
電車で天理へ戻り、宿で荷物を受け取って再び電車で櫟本へ。
高速バスは渋滞ゼロで快調に帰着~

結局、山の辺の道は檜原神社~西山塚古墳間を残す結果になったが、次回のお楽しみだ(^^)
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2013-11-15 23:08 | カテゴリ:
山の辺の道。
昨年、大神神社~檜原神社まで歩いただけで、まだまだ先を残していた・・・

11/09~11/10、三輪~石上神宮までの踏破&三輪山への登拝と、周辺の古墳群めぐりを目的に再訪。
天理への到着時間と、翌日の天候を考慮し、1日目は三輪山登拝をメインとした。

まずは大神神社へ参拝し、道中の安全を祈願。
大神神社は、拝殿奥の三輪山自体をご神体とし、本殿を持たない。 元々は拝殿もなかった。
三輪山の背後から日が昇り、聖なる山として崇め祀られたことからご神体となったらしい。
表からは見えないが、拝殿と三輪山の間には三ツ鳥居がある。
因みに、三ツ鳥居を見るには申込が必要で、神職の方に案内していただける。
鳥居の中は禁足地で、繞道祭の際に宮司が踏み入る以外に何人たりとも入ることは出来ない。
昨年見たので、今回はスルーしてご朱印を頂き、狭井神社へ。

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三輪山は標高467m、神様が宿る神奈備であり、許可なく入山することは出来ない。
狭井神社で登拝の申込みをして、許可証となるタスキ(?)を掛けて登拝する。
登拝口から先は、写真撮影、飲食(水分補給は除く)、喫煙など、一切禁止だ。
山の全容はなだらかな部分もあり、緩やかかと思いきや・・・結構しんどい。
往復2時間、汗だくで膝ガクガク&足全体プルプルになったが、とても清々しく心穏やかになった。
ご朱印とご神水を頂き、檜原神社を目指す。

途中、前回スルーした龗神(りゅうじん)神社へ立ち寄る。
水を湛えた池越しに拝する。
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大神神社~桧原神社までの道は、人ひとりしか通れないほどの道幅のところもある。
ここは、一番好きなとこ。ちょっとお城の遺構にもありそでしょ(笑)
↓↓
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檜原神社は大神神社の摂社で、天照大神をご祭神とする。
天照大神が伊勢神宮へご遷幸されたことから「元伊勢」と呼ばれ、ご遷幸の際に託された豊鍬入姫命が末社に祀られている。
本殿、拝殿を持たず、三ツ鳥居がある。
ここから見える二上山、日が沈む方向にあるため死の山とされ、西麓には多くの墳墓があるそうだ。
(後日教えて頂いたが、山頂には二上城があったそうだ。遺構も残っているとか♪)
夕景のスポットらしいので、夕陽を拝みたいところだが、ご朱印を頂いて先へ急ぐ。
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「大和の青垣」の風景。前回はここまで来たんだなぁ。
先へ進みたいが、明日の天気を考慮して山の辺の道を離脱する事に。
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一旦檜原神社へ戻って、さぁ、ここからは時間との勝負だっ!
これも古墳♪あれも古墳♪みんな古墳♪きっと古墳♪
途中、名前もわからない古墳であろうものをいくつか見ながら進む。
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村社国津神社へ立ち寄る。
村社ながら、国津神がい~っぱい祀ってある!
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そのすぐ近くにあるホケノ古墳。
豊鍬入姫命の陵墓と伝わっているらしい。
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ちょっと小走りで進んで行くと・・・
来たぁ~!!箸墓古墳♪
道路が古墳に沿ってカーブしているので、古墳の形がよ~くわかる!!
うはぁ~っテンション上がるよぉ~♪前方後円墳のくびれに萌え~♪
と、ここで思った・・・古墳と同様、城も形がわかることが楽しいのだ!と。今更ですが(笑)
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沈む夕陽を横目に、反対側へ走る~
これこれ!よく見る箸墓古墳の構図だ!
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暗くなる前に、箸墓古墳が見れてよかったぁ~♪
宿へ戻って、お風呂&食事を済ませ、早めの就寝で1日目終了。
2013-11-12 23:40 | カテゴリ:
何年前だったか?長野県松本市へ遊びに行った時、かわいらしい手まり柄のマンホールの蓋に出会った。
そして、市町(だけか?)によって蓋のデザインが違う事に気がついた。
それ以来、お出掛け先で路面を目で追い、マンホール探しw
そんな事してるのは私だけかと思っていたら、私の周りにもマンホーラーはいっぱいいらっしゃった(^^)

先日行った奈良県天理市でも路面をキョロキョロ、特に変わった絵柄でもなかったので画像も撮らず・・・
すると、山の辺の道を歩いている時にキュンキュンなマンホールに出会った!!

人のような絵柄と、龍のような絵柄。
人は天使?いやいや、山の辺と言う場所的に神様?イシュタルかっ!?とテンションあがるぅ~♪
 ↓↓↓↓↓↓
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散策した範囲は狭いが、局所的にしかなかった絵柄。山の辺の道の、限られた場所にしかないのか???
ん~、何を現しているんだろ~!?と気になりながら散策を続け、黒塚古墳へと向かった。

黒塚古墳はとてもキレイに整備されており、資料館も併設され、ボランティアガイドさんもいらっしゃる。
休憩も兼ねて資料館内に入り、ボランティアガイドさんに発掘された石棺の復元の説明を受けた。
そして、2Fに展示してある銅鏡のレプリカを見ていたら・・・
な!な!なんとっ!!マンホールの蓋とそっくりの銅鏡があるではないかっ!!!!!
興奮気味にマンホールの話しをすると、この「三角縁神人龍虎画像鏡」をモチーフにしたものだとわかった!
 ↓↓↓↓↓↓
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人は神様で、龍のようなものは、龍と虎だったのだ!!
見てきたばかりの謎のものが、たまたま立ち寄ったところで判明するなんて!!
異様にテンション上がりまくり!!
いやぁ~っ、マンホールの蓋でこんなに興奮したのは初めてだ(笑)

因みに、この黒塚古墳は天正8年に織田信長によって破却された柳本城があった辺りで、戦国時代には砦として使われていた。
柳本城破却後、元和2年には織田長益(有楽斎)の五男尚長が陣屋を構えている。

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2012-07-19 23:20 | カテゴリ:
林城をあとにして、お昼ごはんを求めて移動~

入ろうとしたお蕎麦屋さんは人気らしく、満席で待ち状態。
隣のソースカツ丼屋さんに変更~
店内はガラガラ~w
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ソースヒレカツ丼を注文♪
肉厚で、やわらかく、めっちゃウマっ(≧▽≦)♪
もう一度食べたぃ~♪
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食後は、近くのショッピングセンターでスタバりながらまった~り♪
そうそう、ここから見える小高い山に、弘法山古墳と言う前方後方墳があるんだって。
↓山の中腹に見える、芝の部分が古墳。
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古墳と言うと、堺や奈良の古墳を連想し、平地にあるイメージが強い。
山の上にあるのが不思議な感じがした。
あん?虎御前山には古墳がいっぱいあるなぁ・・・

最後に安曇野、大王わさび農園へ。
朝ドラ「おひさま」の撮影があった場所だ!
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どこまでも続くわさび田~
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夫々、思い思いに撮影タイムw
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岩窟に入り、ぶらぶら~
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生わさびソフトは、意外にもわさび控え目だった。
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楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、名残惜しいが、ここで関東組とお別れ。
一路、名古屋へ向かった。

晩ごはんは、マイミクさんオススメのココイチのカレーラーメン♪
ちょい辛を選んだら、思いの外辛かった。辛さと熱さで、汗ダラダラ~(^^;A
冷めてから、ゆっくり味を楽しみ完食♪ウマかったぁ~♪
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そして、〆に名古屋城のライトアップを見て終了~♪
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はぁ~っ、めちゃくちゃ楽しい2日間だったぁ~♪
テンション上がりすぎて、うるさかったかも・・・スミマセン(^^;
ご一緒させて頂いたみなさま、ホントにありがとうございました(^^)

しばらく信州熱が続きそうだぁ♪
2012-06-21 00:03 | カテゴリ:
前日の雨も上がり、気分も上々、食欲も上々
ホテルの朝食の、しじみ汁がめちゃくちゃ美味しくておかわり♪
しじみパワーでスタートじゃ車(RV)

出雲大社の脇道を通ると、前日入れなかった横側からのご本殿が見える!!
道の端に車を止めて覗き見していたら、出社途中の神職さんに「駐車場が向こうにありますよ」
って言われちゃった(^^;
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しばらく山道をクネクネと行き、日本海に出る。
海沿いを走ると、色が違う層の岩肌が見えてきた。
黄泉の国の入り口とされる猪目(いのめ)洞窟だ。
奥行きが30mほどあるそうだが、祠から奥へは怖くて進めない。
地元では、2km西にある鷺浦の海につながっていると言われるらしいが、古代には、「あの世」に
つながっていると信じられていたようだ。
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しばらく海沿いを走り、途中振り返ると、猪目洞窟が遠くに見えていた。
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日本海と別れ、町中を走る。
次に訪れたのは佐太(さだ)神社。
おぉ~っ!ステキだぁ!!
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神社検定のテキストで読むのに苦労した神々のオンパレード!!
神様のお名前は、漢字が難しいので、ここからはカタカナで(^^;

三殿並んでいるご本殿の中央、正中殿には主祭神の佐太大神と、
イザナギノミコト、イザナミノミコト、コトサカヲノミコト、ハヤタタマノオノミコトが祀られている。
佐太大神は、天孫であるニニギノミコトが天より降りる際、先導役となったサルタヒコノオオカミだ。
向かって右の北殿には、天照大神と、その孫のニニギノミコト。
向かって左の南殿には、スサノオノミコトと秘説四座。
この秘説四座ってなんだろ?(^^;

大社造の美しいご本殿。
通常は、ご本殿の入り口は右側に付けられているが、向かって左側のご本殿の入り口は
左側に付けられている。非常に珍しいそうだ。
フォト フォト

それぞれに神紋が異なるのが気になり、宮司さんに尋ねてみた。
正中殿の扇は、サルタヒコノオオカミ=天狗=扇
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北殿の輪が二つ重なっているのは、天照大神=日の神様=輪
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南殿の亀甲は、出雲のほとんどの神社が使っている神紋だそうだ。
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ここで、しばらく宮司さんとお話。
神在月を始めたのはこの佐太神社だそうだ。
神在月は旧暦の寒い時季。なぜ、その寒い時季に全国の神様が集まるかと言うと、
神々の母である天照大神の命日だからだそうだ。
母親の法事に集まった神々が、佐太神社から出発して、出雲大社に向かわれる。
出雲大社には十九社があり、そこが法事に集まった神々の宿になっている。
そして、参詣者が多い日中には、出雲大社の邪魔にならぬよう、稲佐の浜近くの
神社に集まって会議をされているそうだ。
神様たちも気を遣われるのね~

他にも色々興味深いお話を拝聴できた。

少し離れた所に、ニニギノミコトと向かい合うようにコノハナサクヤヒメノミコトの社、
その社と背中合わせに、姉のイワナガヒメノミコトの社が建っている。
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ニニギノミコトが、美しいコノハナサクヤヒメを見初め、結婚を申し出ると、
喜んだ父親は、姉のイワナガヒメと一緒に嫁がせた。
すると、美しくなかったイワナガヒメは親元へ返された。
実は、イワナガヒメは永遠を保証する為に嫁がせたのだ。
返されたことに激怒した父親が、天つ神の御子の寿命は桜の花のようにはかない
ものになるだろうと宣言し、以降、寿命に限りがあるようになった。
なので、イワナガヒメの社は、ニニギノミコトに背を向けているのでR。

宍道湖~中海の北側をひた走り、美保関にある美保神社へ車(RV)
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ご祭神はコトシロヌシノカミ、ミホツヒメノミコトの二柱。
コトシロヌシノカミは、大国主神の子。
国譲りの際、美保の岬に魚を獲りに出かけていた神だ。

拝殿とご本殿がとても美しい。
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ご本殿は、美保造と呼ばれる特殊な形式らしい。
向かって左側のご本殿は、千木が外削ぎなので、男の神様=コトシロヌシノカミ。
右側の千木は内削ぎなので、女の神様=ミホツヒメノミコト。
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んん~ン、いいなぁ~(^^)
いつまでも見とれていたぁ~い♪

神社の脇には、青石畳通りがある。
乾いているとあまり青く見えないが、濡れていると石が青く見える。
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神社の外で売っているイカ焼きに惹かれつつ、美保神社を後にする。
松江へ向かう途中、夫婦岩のように、注連縄で結ばれている岩があった。
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弁慶の里である、本庄の道の駅でお昼ご飯。
前日から壊れっぱなしのお腹にやさしい(のか?)、弁慶餅入りうどん♪
お財布にもやさしい380円也(^^)v
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八重垣神社へ。
スサノオノミコトと、その妻のクシナダヒメをご祭神とする。
スサノオノミコトが「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」と
詠んだ、和歌発祥の地とも伝わる。
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奥にある鏡の池では、老若男女が縁結びの占いに夢中のご様子。
占いはスルーして次へと急ぐ。
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さぁ、いよいよ最後、神魂(かもす)神社だ。
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ご祭神はイザナギノミコト、イザナミノミコト。
ご本殿は日本最古の大社造り。
スゴイ!スゴすぎだ!
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ご本殿がこんなに丸っと見られるなんて感激だぁ!!
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これにて出雲の旅は終了。
はぁ~っ、神社ってスゴイね!!
神社検定受けなきゃ、興味を持つこともなかったかも(^^;

次は、もうひとつの天孫降臨神話が伝わる日向かなぁ~(^^)
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