FULL2の気まぐれブログ
城好き&食いしん坊の日記
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2010-10-24 22:50 |
カテゴリ:城・史跡
名古屋城本丸御殿の玄関復元過程の特別公開が、
26日までと聞き、行って来ました
半年前は、礎石だけの状態だったので、もーここ
まで進んだか!
と思ったけど、完成は8年後。まだまだなんだね。
↓玄関の襖絵 竹林豹虎図

↓天井裏と復元過程

天守二階で開催されている、襖絵などの展示を見、
東北隅櫓(清須櫓)と乃木倉庫の特別公開も見た。
↓東北隅櫓と乃木倉庫

おもてなし武将隊のステージを初めて見た。
ダンスする武将に違和感を感じつつ、兜着用体験に
惹かれ、清正公の兜を着けさせて頂き記念撮影
この日、武将隊の清正公が不在だったのが残念
↓武将隊のステージと蛇の目の兜

火縄銃の実演もあり、あの音にびくつきながら
必死でシャッターを押した
↓火縄銃の実演

河村市長も腕組みして、にこりともせずに見てた(笑)
↓市長との記念撮影風景と火縄銃を撃った武将達

天気予報はよく当るなぁ~!帰る頃には本降!!
腹ペコ隊は、食事処を探すべく移動。
前から気になっていた「侍ダイニング」で軽く食べ、
〆はコメダでシロノワール
↓侍ダイニングでの食べかけ(笑)とコメダのシロノワール

今日も楽しく&美味しく&可笑しい一日でしたぁ
26日までと聞き、行って来ました

半年前は、礎石だけの状態だったので、もーここ
まで進んだか!
と思ったけど、完成は8年後。まだまだなんだね。
↓玄関の襖絵 竹林豹虎図


↓天井裏と復元過程


天守二階で開催されている、襖絵などの展示を見、
東北隅櫓(清須櫓)と乃木倉庫の特別公開も見た。
↓東北隅櫓と乃木倉庫


おもてなし武将隊のステージを初めて見た。
ダンスする武将に違和感を感じつつ、兜着用体験に
惹かれ、清正公の兜を着けさせて頂き記念撮影

この日、武将隊の清正公が不在だったのが残念

↓武将隊のステージと蛇の目の兜


火縄銃の実演もあり、あの音にびくつきながら
必死でシャッターを押した

↓火縄銃の実演


河村市長も腕組みして、にこりともせずに見てた(笑)
↓市長との記念撮影風景と火縄銃を撃った武将達


天気予報はよく当るなぁ~!帰る頃には本降!!
腹ペコ隊は、食事処を探すべく移動。
前から気になっていた「侍ダイニング」で軽く食べ、
〆はコメダでシロノワール

↓侍ダイニングでの食べかけ(笑)とコメダのシロノワール


今日も楽しく&美味しく&可笑しい一日でしたぁ

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2010-10-20 17:29 |
カテゴリ:城・史跡
本日サボリ過ぎです
図書館で借りた「城破り(しろわり)の考古学」
最初の3週間で殆ど読まず、再貸し出ししてもらって3週間。
またもや読み進まず・・・
再々貸し出ししてもらっても、読まないだろーと、飛ばしに
飛ばして気になるとこだけサラっと読んで返却。
故に、断片しか頭に残ってにゃい
そんな中途半端なアタシなりの解釈・・・
城破りとは、城としての機能を破壊することを目的とした、
破城または破却などである。
本の中では、破城、破却を定義付けてあったが、そこまで
覚えきれなかった
織豊期より前の所謂「中世城郭」は、主となる城があり、そ
れを守るために目的や用途に合わせて、至る所に城が築か
れている。
例えば、敵の侵入を阻止しやすい場所であったり、侵入さ
れても敵を倒しやすい場所であったり・・・という具合だ
ろうか、無数にあるのだろう。
山城が多い所以でもあるのかな?
そして、戦に敗れた側の城は、ことごとく破却される。
織豊期以降の所謂「近世城郭」は、一国一城へと変遷し、主
となる城以外は廃城となり、破却される。
破却命令になかなか応じぬ城主に、秀吉が下城を促す書状
を出したとも書かれていた。
破却のやり方も色々あるようだが、天守にある建物は引き
ずり下ろされ、石垣や土塁は壊され、堀は埋められるとい
う具合だ。
城に対する城主の未練を断ち切る為に、樹木も残さず破壊
する事もあったようだが、逆に樹木を残し、城との繋がり
を残したものもあるらしい。
至る所で発掘調査が行われているのだろうが、埋もれた城
の遺構を発見するのは、相当な労力と時間を費やすんだろ
うな。
地層を見れば元々の土か、被せた土かがわかるのかな?
自然堆積なんかもあるだろーに、400年も500年も前に埋め
られた堀などが、区別できるなんてスゴイや!
本にはいくつの城が書かれてたかな?
その中で、但馬の織豊系城郭、八木城、豊岡城、有子山城、
竹田城の4城を比較してあった。
すばらしく記憶が欠落してるが、同じ時期(関ヶ原の合戦後)
くらいに廃城になっている。
4城の内、竹田城だけだが、石垣の破壊が殆どないらしい。
なるほど、そー言えば崩れた感じはなかったなぁ。
まぁ、保存の為の修理が行われているかもしれないが・・・
↓昨年の竹田城



はぁ~っ、やっぱ中世城郭はいいわぁ~
あ~、石垣が!土塁が!堀切が!アタシを呼んでいる~
ははっ、完全に病気だわ
さっ、残り30分、仕事しよ~

図書館で借りた「城破り(しろわり)の考古学」

最初の3週間で殆ど読まず、再貸し出ししてもらって3週間。
またもや読み進まず・・・
再々貸し出ししてもらっても、読まないだろーと、飛ばしに
飛ばして気になるとこだけサラっと読んで返却。
故に、断片しか頭に残ってにゃい

そんな中途半端なアタシなりの解釈・・・
城破りとは、城としての機能を破壊することを目的とした、
破城または破却などである。
本の中では、破城、破却を定義付けてあったが、そこまで
覚えきれなかった

織豊期より前の所謂「中世城郭」は、主となる城があり、そ
れを守るために目的や用途に合わせて、至る所に城が築か
れている。
例えば、敵の侵入を阻止しやすい場所であったり、侵入さ
れても敵を倒しやすい場所であったり・・・という具合だ
ろうか、無数にあるのだろう。
山城が多い所以でもあるのかな?
そして、戦に敗れた側の城は、ことごとく破却される。
織豊期以降の所謂「近世城郭」は、一国一城へと変遷し、主
となる城以外は廃城となり、破却される。
破却命令になかなか応じぬ城主に、秀吉が下城を促す書状
を出したとも書かれていた。
破却のやり方も色々あるようだが、天守にある建物は引き
ずり下ろされ、石垣や土塁は壊され、堀は埋められるとい
う具合だ。
城に対する城主の未練を断ち切る為に、樹木も残さず破壊
する事もあったようだが、逆に樹木を残し、城との繋がり
を残したものもあるらしい。
至る所で発掘調査が行われているのだろうが、埋もれた城
の遺構を発見するのは、相当な労力と時間を費やすんだろ
うな。
地層を見れば元々の土か、被せた土かがわかるのかな?
自然堆積なんかもあるだろーに、400年も500年も前に埋め
られた堀などが、区別できるなんてスゴイや!
本にはいくつの城が書かれてたかな?
その中で、但馬の織豊系城郭、八木城、豊岡城、有子山城、
竹田城の4城を比較してあった。
すばらしく記憶が欠落してるが、同じ時期(関ヶ原の合戦後)
くらいに廃城になっている。
4城の内、竹田城だけだが、石垣の破壊が殆どないらしい。
なるほど、そー言えば崩れた感じはなかったなぁ。
まぁ、保存の為の修理が行われているかもしれないが・・・
↓昨年の竹田城



はぁ~っ、やっぱ中世城郭はいいわぁ~
あ~、石垣が!土塁が!堀切が!アタシを呼んでいる~

ははっ、完全に病気だわ

さっ、残り30分、仕事しよ~

2010-10-18 22:57 |
カテゴリ:城・史跡
昨日、関ヶ原に行ってきました
これで、3週連続古戦場巡り。
はい、今回も長いです
駅待ち合わせ&先乗り&後乗りメンバーと共に電車で移動
関ヶ原駅で現地集合組と合流。
↓関ヶ原駅のホーム

先ずは徳川家康最後陣地跡へ。
ここは首実検などが行われた場所、背筋がゾゾッ

西軍、石田三成が陣を張った笹尾山へ移動。

馬防柵に萌え萌え~
の後は、クマ注意の看板にギョギョッ!
目撃された日付が「H22.9.26」
超怖ぇ~

笹尾山頂上より関ヶ原を眺める。
三成はどんな思いで、ここに立っていたのだろうか・・・

武将グッズのブースを覗き、合戦絵巻が行われるグランドへ。
甲冑に身を包んだ西軍の武将たちが現れた。
近付いて行き、カメラを向けるとポーズを取ってくれる。
カッコイイ
↓(左)三成&左近を激写する武将を撮る (右)薩摩軍じゃっどぉ~

合戦絵巻の場所取りをしてたら、三成軍が向ってきた!
えっ?アタシのカメラに向って近づいてくる~
って、たまたま真横が待機場所だったのねぇ~
三成殿、めちゃイケメンだわぁ~

東軍家康隊の本多忠勝役は、犬山城オフでご一緒したメンバー。
忠勝殿の生甲冑姿を見たかったんだぁ
もぉ~ワクワク
そして、東軍が会場へ向ってるとの情報を得て、お出迎え
武将軍団が近付いて来る。うひょ~!!カッコイイ!!
赤揃えの井伊軍もカッコえぇのぉ~

おぉ~!!いよいよ徳川軍だぁ!!忠勝殿、超~カッコイイ
この時点で西軍完敗

ここからは、忠勝殿の追っかけ
合戦絵巻の会場へ行くと、人垣がぁ
さぁ、いよいよ合戦絵巻の始まりじゃぁ~
ナレーションのおじさまの渋い声で、合戦が進んで行く。
こーゆー時、背が低いと損だよなぁ~
背伸びしてもよー見えん
隙間からチラ見
精一杯手を伸ばしても、画像には人の頭が・・・
忠勝殿はセリフあり~の、槍で島津と戦いあり~の!
めちゃカッコイイ
↓合戦の様子 (右)忠勝殿、島津軍と戦う

合戦終了後も、みんなで忠勝殿を追っかけ
この日集まった武将の中で、忠勝殿がイチバン人気じゃ?
スゴイ人で、スムーズに進めない。

すべてが終り、資料館前で記念撮影中の武将達を襲撃!
そこでは、脇坂隊に参加していた、第2の犬山城オフメンバー
とも再会
↓(左)大谷吉継 (右)忠勝殿with脇坂隊メンバー

一緒に記念撮影もして頂いた
画像は出し惜しみ
合戦絵巻参加者の皆様方、大変お疲れ様でした!!
久々の再会で、話もできて嬉しかったです
この後、東首塚、本多忠勝陣跡を見て名古屋へ
↓本多忠勝陣跡

途中、岐阜で下車したメンバーと入れ替わりに、関ヶ原で
再会した第3の犬山城オフメンバーと再々会
名古屋駅で食事して、和風スィーツで〆

今日も一日、超~楽しかったぁ~
テンション上がりまくって、またまたうるさかったかな
ご一緒させて頂いたみなさん、お疲れ様でしたぁ

これで、3週連続古戦場巡り。
はい、今回も長いです

駅待ち合わせ&先乗り&後乗りメンバーと共に電車で移動

関ヶ原駅で現地集合組と合流。
↓関ヶ原駅のホーム

先ずは徳川家康最後陣地跡へ。
ここは首実検などが行われた場所、背筋がゾゾッ



西軍、石田三成が陣を張った笹尾山へ移動。


馬防柵に萌え萌え~

の後は、クマ注意の看板にギョギョッ!
目撃された日付が「H22.9.26」




笹尾山頂上より関ヶ原を眺める。
三成はどんな思いで、ここに立っていたのだろうか・・・


武将グッズのブースを覗き、合戦絵巻が行われるグランドへ。
甲冑に身を包んだ西軍の武将たちが現れた。
近付いて行き、カメラを向けるとポーズを取ってくれる。
カッコイイ

↓(左)三成&左近を激写する武将を撮る (右)薩摩軍じゃっどぉ~


合戦絵巻の場所取りをしてたら、三成軍が向ってきた!
えっ?アタシのカメラに向って近づいてくる~

って、たまたま真横が待機場所だったのねぇ~

三成殿、めちゃイケメンだわぁ~



東軍家康隊の本多忠勝役は、犬山城オフでご一緒したメンバー。
忠勝殿の生甲冑姿を見たかったんだぁ


そして、東軍が会場へ向ってるとの情報を得て、お出迎え

武将軍団が近付いて来る。うひょ~!!カッコイイ!!
赤揃えの井伊軍もカッコえぇのぉ~



おぉ~!!いよいよ徳川軍だぁ!!忠勝殿、超~カッコイイ

この時点で西軍完敗



ここからは、忠勝殿の追っかけ

合戦絵巻の会場へ行くと、人垣がぁ

さぁ、いよいよ合戦絵巻の始まりじゃぁ~

ナレーションのおじさまの渋い声で、合戦が進んで行く。
こーゆー時、背が低いと損だよなぁ~
背伸びしてもよー見えん


精一杯手を伸ばしても、画像には人の頭が・・・

忠勝殿はセリフあり~の、槍で島津と戦いあり~の!
めちゃカッコイイ

↓合戦の様子 (右)忠勝殿、島津軍と戦う


合戦終了後も、みんなで忠勝殿を追っかけ

この日集まった武将の中で、忠勝殿がイチバン人気じゃ?
スゴイ人で、スムーズに進めない。


すべてが終り、資料館前で記念撮影中の武将達を襲撃!
そこでは、脇坂隊に参加していた、第2の犬山城オフメンバー
とも再会

↓(左)大谷吉継 (右)忠勝殿with脇坂隊メンバー


一緒に記念撮影もして頂いた

画像は出し惜しみ

合戦絵巻参加者の皆様方、大変お疲れ様でした!!
久々の再会で、話もできて嬉しかったです

この後、東首塚、本多忠勝陣跡を見て名古屋へ

↓本多忠勝陣跡


途中、岐阜で下車したメンバーと入れ替わりに、関ヶ原で
再会した第3の犬山城オフメンバーと再々会

名古屋駅で食事して、和風スィーツで〆



今日も一日、超~楽しかったぁ~

テンション上がりまくって、またまたうるさかったかな

ご一緒させて頂いたみなさん、お疲れ様でしたぁ

2010-10-11 11:41 |
カテゴリ:城・史跡
昨日の話ですが・・・例によって長いよ(笑)
前日の土砂降りがウソのよーに晴れ渡った空の下、
先週に引き続き、古戦場跡へ
今回のメインは長篠・設楽が原古戦場跡。
途中、野田城址を発見し立ち寄る事に。
本丸、二の丸、三の丸が残っていて、意外と広い。
土橋や空堀(堀切かも?)がたまらんのだぁ
↓伝:永正5年(1508)築城 連鎖式山城なんだって。
(左)本丸、二の丸間の空堀 (右)本丸

腹が減っては戦にならぬ故、腹ごしらえなのだが・・・
新城駅周辺では、富永神社の例大祭が行われていて、
貸し切りだったり、店休日だったり・・・
で、今回はコンビニで調達
長篠・設楽が原古戦場跡へ。
テレビや本で見た馬防柵だ
「長篠合戦図屏風」を元に再現したもので、織田軍と
徳川軍で、柵の立て方に違いがある。
この柵に向って攻め込む武田軍、それを迎え撃つ織田&
徳川連合軍。
両者どんな思いだったんだろーかぁ~
アタシャ~一目散に逃げるな
↓(左)馬防柵
(右)乾掘+馬防柵+土塁の三段になっている鉄砲構え

次は長篠城跡。
宇連川、寒狭川が合流する断崖上に位置する長篠城。
先ずは牛淵橋から見る
各々写真を撮っていたら、遮断機がカンカンカンと鳴る
長篠城跡には、JR飯田線が通っている。
1時間に1本程の貴重な電車を撮ろうと、橋の欄干で待機
チラリと見える鉄橋の上を通過する電車を全員で激写
↓牛淵橋から見る長篠城跡 左側の車輌が見えるかな?

長篠城跡へ移動する前に、鳥居強右衛門(とりいすねえもん)
が磔死(たくし)した場所と、武田軍の殿を守り抜いて戦死
した馬場美濃守信春のお墓へ。
↓(左)鳥居強右衛門磔の図 (右)馬場美濃守信春のお墓

長篠城跡では本丸と、線路を渡って物見櫓跡をぶらぶら。
資料館したの休息所でコンビニランチ
↓(左)古城跡踏み切りから勝頼本陣があった医王寺の山を
(右)本丸外の空堀

武田軍が陣を構えた鳶ケ巣(とびがす)山へ行き、長篠城を
見下ろす・・・どこっ?(笑)
↓(左)鳶ケ巣山の陣跡の幟 (右)鳶ケ巣山からの眺望

長篠を後にして足助へ急げぇ~
16時半の閉門には間に合ったものの、受付締め切りは16時
5分遅かったかぁ~
既に係りの人が施錠に回ってるとの事だったが、ご好意で
櫓が見えるところまで入らせて頂いた。
写真を撮りながら、ズンズン登ってると、施錠を終えた
お母さんと遭遇。
すると折角来たのだからと、最上部の櫓まで案内してくれた
物見台を通り、「いつもここから出るのよ」って柵の間から
スルリと抜けて門まで一緒に戻った。
受付のおじさんも、お母さんもめちゃ優しかったぁ~
ありがとう!また恩返しに来るからね~
↓(左)足助城の櫓 鉄塔が残念なり
(右)足助の町 お祭りで火縄銃を撃った煙が立ち昇る

お祭りをやってる足助八幡宮へ。
境内では火縄銃を天に向って撃っている。
町内ごとにやっているのか、入れ替わり立ち代り撃つ。
足助城でもかなり響いていたけど、間近で聞くとスゴイ!!
かなりの爆音と、燃えカスの襲撃に悲鳴を上げてしまった
↓(左)円陣になって順番に火縄銃を撃つ
(右)火薬を詰めるお兄さん

紅葉時期には大渋滞になる香嵐渓を散策。
ほんの少し色づいた葉も
↓(左)香嵐渓 ここが人で埋め尽くされる (左)色づいた葉

ここでコーヒーブレイク
マリリン・・・違う・・・マンリン書店のギャラリーで
まったり
↓(左)マンリン書店 (右)マンリン小路

陽も落ちて、お祭りの山車に灯が入るとの事で八幡宮へ。
「おっさい」と言う掛け声とともに、境内から山車が出てくる。
「おっさい」が「おっさん」って聞こえて可笑しかった
↓(左)昼間の山車 (右)夜の山車

この後、梵天(ぼんてん)と呼ばれる竹筒が投げられ、山車は
町内へ戻って行くそうだ。
梵天の奪い合いはスゴイらしい。
渋滞になる前に、名古屋へ向ってGO!
串焼き屋さんにて、この日の主目的、山城サミットの軍議
行程表とパンフをチラ見、集合時間&場所を決めつつ

早い閉店に、場所を変えて〆のスィーツ
今日こそパフェ!!!!!
ハワイアン・カフェで、コナコーヒーパフェ
↓みんなで頼んだものを中央に集めて

大満足で終了!解散!また来週~
みなさん、お疲れ様でした&ありがとうございました!!
おやつを分けてくださった方々、ごちそうさまでした
車内では、R&Fが大騒ぎし、大変申し訳ござりませんでした。
何分、まだ子供なのですからぁ、お許しくださりませm(__)m
誘われなくならない様、おりこうにします
前日の土砂降りがウソのよーに晴れ渡った空の下、
先週に引き続き、古戦場跡へ

今回のメインは長篠・設楽が原古戦場跡。
途中、野田城址を発見し立ち寄る事に。
本丸、二の丸、三の丸が残っていて、意外と広い。
土橋や空堀(堀切かも?)がたまらんのだぁ

↓伝:永正5年(1508)築城 連鎖式山城なんだって。
(左)本丸、二の丸間の空堀 (右)本丸


腹が減っては戦にならぬ故、腹ごしらえなのだが・・・
新城駅周辺では、富永神社の例大祭が行われていて、
貸し切りだったり、店休日だったり・・・
で、今回はコンビニで調達

長篠・設楽が原古戦場跡へ。
テレビや本で見た馬防柵だ

「長篠合戦図屏風」を元に再現したもので、織田軍と
徳川軍で、柵の立て方に違いがある。
この柵に向って攻め込む武田軍、それを迎え撃つ織田&
徳川連合軍。
両者どんな思いだったんだろーかぁ~
アタシャ~一目散に逃げるな

↓(左)馬防柵
(右)乾掘+馬防柵+土塁の三段になっている鉄砲構え


次は長篠城跡。
宇連川、寒狭川が合流する断崖上に位置する長篠城。
先ずは牛淵橋から見る

各々写真を撮っていたら、遮断機がカンカンカンと鳴る

長篠城跡には、JR飯田線が通っている。
1時間に1本程の貴重な電車を撮ろうと、橋の欄干で待機

チラリと見える鉄橋の上を通過する電車を全員で激写

↓牛淵橋から見る長篠城跡 左側の車輌が見えるかな?

長篠城跡へ移動する前に、鳥居強右衛門(とりいすねえもん)
が磔死(たくし)した場所と、武田軍の殿を守り抜いて戦死
した馬場美濃守信春のお墓へ。
↓(左)鳥居強右衛門磔の図 (右)馬場美濃守信春のお墓


長篠城跡では本丸と、線路を渡って物見櫓跡をぶらぶら。
資料館したの休息所でコンビニランチ

↓(左)古城跡踏み切りから勝頼本陣があった医王寺の山を
(右)本丸外の空堀


武田軍が陣を構えた鳶ケ巣(とびがす)山へ行き、長篠城を
見下ろす・・・どこっ?(笑)
↓(左)鳶ケ巣山の陣跡の幟 (右)鳶ケ巣山からの眺望


長篠を後にして足助へ急げぇ~

16時半の閉門には間に合ったものの、受付締め切りは16時

5分遅かったかぁ~
既に係りの人が施錠に回ってるとの事だったが、ご好意で
櫓が見えるところまで入らせて頂いた。
写真を撮りながら、ズンズン登ってると、施錠を終えた
お母さんと遭遇。
すると折角来たのだからと、最上部の櫓まで案内してくれた

物見台を通り、「いつもここから出るのよ」って柵の間から
スルリと抜けて門まで一緒に戻った。
受付のおじさんも、お母さんもめちゃ優しかったぁ~

ありがとう!また恩返しに来るからね~

↓(左)足助城の櫓 鉄塔が残念なり
(右)足助の町 お祭りで火縄銃を撃った煙が立ち昇る


お祭りをやってる足助八幡宮へ。
境内では火縄銃を天に向って撃っている。
町内ごとにやっているのか、入れ替わり立ち代り撃つ。
足助城でもかなり響いていたけど、間近で聞くとスゴイ!!
かなりの爆音と、燃えカスの襲撃に悲鳴を上げてしまった

↓(左)円陣になって順番に火縄銃を撃つ
(右)火薬を詰めるお兄さん


紅葉時期には大渋滞になる香嵐渓を散策。
ほんの少し色づいた葉も

↓(左)香嵐渓 ここが人で埋め尽くされる (左)色づいた葉


ここでコーヒーブレイク

マリリン・・・違う・・・マンリン書店のギャラリーで
まったり

↓(左)マンリン書店 (右)マンリン小路


陽も落ちて、お祭りの山車に灯が入るとの事で八幡宮へ。
「おっさい」と言う掛け声とともに、境内から山車が出てくる。
「おっさい」が「おっさん」って聞こえて可笑しかった

↓(左)昼間の山車 (右)夜の山車


この後、梵天(ぼんてん)と呼ばれる竹筒が投げられ、山車は
町内へ戻って行くそうだ。
梵天の奪い合いはスゴイらしい。
渋滞になる前に、名古屋へ向ってGO!
串焼き屋さんにて、この日の主目的、山城サミットの軍議

行程表とパンフをチラ見、集合時間&場所を決めつつ


早い閉店に、場所を変えて〆のスィーツ

今日こそパフェ!!!!!
ハワイアン・カフェで、コナコーヒーパフェ

↓みんなで頼んだものを中央に集めて

大満足で終了!解散!また来週~

みなさん、お疲れ様でした&ありがとうございました!!
おやつを分けてくださった方々、ごちそうさまでした

車内では、R&Fが大騒ぎし、大変申し訳ござりませんでした。
何分、まだ子供なのですからぁ、お許しくださりませm(__)m
誘われなくならない様、おりこうにします

2010-10-09 16:24 |
カテゴリ:城・史跡
無料で使える容量を遥かに超え、課金されてることに気付き、
一旦すべて削除して再構成しました
↓
http:// www.geo cities. jp/mim_ happy/s hiro/sh iro_ind ex.html
※携帯からは見れないのかな?
アップしてないお城がどんどん増えてく~
まぁ、mixiのフォトの容量制限なくなったから、こっちに
アップしや~いいんだけどね~
また無料HP探しておかなきゃ。
一旦すべて削除して再構成しました

↓
http://
※携帯からは見れないのかな?
アップしてないお城がどんどん増えてく~

まぁ、mixiのフォトの容量制限なくなったから、こっちに
アップしや~いいんだけどね~
また無料HP探しておかなきゃ。
2010-10-03 13:12 |
カテゴリ:城・史跡
はぁ~っ・・・書いてる途中で間違って消したぁ~
気を取り直して・・・
相変わらず、長いです
昨日、小谷城跡&長浜へ行ってきました
心配した天気も、晴れ男&晴れ女の集合で、ドぴーかん
長浜駅に集合
昼食までの間、長浜城下を散策。って!人多っ!!
「第24回長浜芸術版楽市楽座」が開催されていて、スゴイ賑わいだ。
ご朱印を頂きに大通寺へ行くも、ご朱印はやってないとの事
ちゃんとご朱印帳を持って来た時に限って・・・
↓大通寺への御坊表参道と、大通寺の山門

昼食は近江牛鍋
コロッケでしか食べたことのない近江牛に期待もテンションもアップ
生卵が苦手なので卵とじにしたが、混ぜ過ぎて失敗
それと、お喋りも過ぎて、肉の味は?・・・ちゃんと味わえ~
↓近江牛

さぁ!いよいよ小谷城跡へ!!
憧れの中世五大山城のひとつ。来年の大河ドラマの舞台でもある。
姉川(野村)の合戦後、3年間の籠城の末、浅井長政の自刃により落城した難攻不落の城。
大手門のバックには、翌日のイベント準備でテントや軽トラが並ぶ
↓大手門

金吾丸跡近くまで車で一気に上る
駐車場には車がズラリと並び、人も多い。
大河ドラマ前に、既に大人気かぁ!?と思っていたら、ボランティアガイドさんの勉強会だった様子
番所跡→お茶屋跡・・・と進み、赤尾屋敷跡へ
↓馬洗池と赤尾屋敷跡への道

赤尾屋敷跡は、浅井長政が自刃した場所だ。
ドぴーかんなのに、何だかゾゾッとするぞぉ・・・
手を合わせ、来た道を戻る。
一番後ろはイヤだったので、Tさんを追い越して小走り
↓赤尾屋敷跡

本丸へ向うと、天守台跡に団体さんが
この団体さんが、ボランティアガイドさん達だったのだ。
本丸と中丸の間に大堀切跡がある。
傾斜の鋭い堀切ではなく、思いの外平だ。時を経て堆積したのかな?
↓天守台の石垣と大堀切

中丸→京極丸→小丸と進み、山王丸跡へ。
ここから先は、尾根を降りて次の尾根へと登らなければならない。
今回は、ここ山王丸跡を終点とし、来た道を戻る。
↓山王丸跡と、山王丸跡から六坊跡方面を望む

戻る途中、本に載っていた竪堀を見たくて、探して頂いた
本には中丸跡付近とあったが、草木に覆われて確認できず。
御局屋敷跡の説明板に竪堀の記載があったのでキョロキョロ
小規模だが、これじゃ?と思われる竪堀を発見!!
定かではないが、初めての竪堀に満足
↓御局屋敷跡の下にあった竪堀らしきもの。画像では分かり難いかな。

各曲輪へ登るのに急なところもあったが、登って登って登る!感じではなかったので比較的楽(?)だった。
でも、実は、下りの斜面は内心ビビッてたんだぁ
最後に金吾丸跡を見て、姉川(野村)古戦場跡へ
陽が傾いた姉川古戦場跡、吹く風もひんやりとして、ゾゾッ
川沿いに咲く真っ赤な彼岸花に、ゾゾッ増し
壮絶な戦いがあったとは想像も出来ない、のどかな風景だ。
↓彼岸花

↓浅井軍が配した方向(左)と徳川軍が配した方向

夕景を求めて長浜城へ
ちょっと間に合わなかったかな・・・
↓長浜城横からの琵琶湖と長浜城

再び城下町へ戻り、夕食&スィーツ
(昨日も書いたけど・・・)
長浜に来たらこれでしょ!ってアタシの勝手な決めつけ
茂美志屋の「のっぺいうどん」は絶品でっす
抹茶あずきパフェは、500円と言う値段に「安い!」と思い、出てきた瞬間「小さっ!」と驚いた
これにてオフ終了!
幹事様、ご一緒させて頂いた皆様、お疲れ様でした&ありがとうございました!!
大好きな中世山城にテンション上がりっ放しで、多分、周りが見えてなかったよーに思います
失礼な言動等がありましたら、ご容赦くださりませ
いやぁ~!!今回も楽しみ過ぎぃ~
中世五大山城も残すところあと2城、来年のお楽しみです
腿&ふくらはぎがちょっこし筋肉痛だぁ
そそっ、帰りのSAで「カレーラムネ」購入。
自分の口へ運ぶ前に、みなさんに強制的に味見
なんとも微妙~


気を取り直して・・・
相変わらず、長いです

昨日、小谷城跡&長浜へ行ってきました

心配した天気も、晴れ男&晴れ女の集合で、ドぴーかん

長浜駅に集合

「第24回長浜芸術版楽市楽座」が開催されていて、スゴイ賑わいだ。
ご朱印を頂きに大通寺へ行くも、ご朱印はやってないとの事

ちゃんとご朱印帳を持って来た時に限って・・・
↓大通寺への御坊表参道と、大通寺の山門


昼食は近江牛鍋

コロッケでしか食べたことのない近江牛に期待もテンションもアップ

生卵が苦手なので卵とじにしたが、混ぜ過ぎて失敗

それと、お喋りも過ぎて、肉の味は?・・・ちゃんと味わえ~

↓近江牛


さぁ!いよいよ小谷城跡へ!!
憧れの中世五大山城のひとつ。来年の大河ドラマの舞台でもある。
姉川(野村)の合戦後、3年間の籠城の末、浅井長政の自刃により落城した難攻不落の城。
大手門のバックには、翌日のイベント準備でテントや軽トラが並ぶ

↓大手門

金吾丸跡近くまで車で一気に上る

駐車場には車がズラリと並び、人も多い。
大河ドラマ前に、既に大人気かぁ!?と思っていたら、ボランティアガイドさんの勉強会だった様子

番所跡→お茶屋跡・・・と進み、赤尾屋敷跡へ

↓馬洗池と赤尾屋敷跡への道


赤尾屋敷跡は、浅井長政が自刃した場所だ。
ドぴーかんなのに、何だかゾゾッとするぞぉ・・・
手を合わせ、来た道を戻る。
一番後ろはイヤだったので、Tさんを追い越して小走り

↓赤尾屋敷跡

本丸へ向うと、天守台跡に団体さんが

この団体さんが、ボランティアガイドさん達だったのだ。
本丸と中丸の間に大堀切跡がある。
傾斜の鋭い堀切ではなく、思いの外平だ。時を経て堆積したのかな?
↓天守台の石垣と大堀切


中丸→京極丸→小丸と進み、山王丸跡へ。
ここから先は、尾根を降りて次の尾根へと登らなければならない。
今回は、ここ山王丸跡を終点とし、来た道を戻る。
↓山王丸跡と、山王丸跡から六坊跡方面を望む


戻る途中、本に載っていた竪堀を見たくて、探して頂いた

本には中丸跡付近とあったが、草木に覆われて確認できず。
御局屋敷跡の説明板に竪堀の記載があったのでキョロキョロ

小規模だが、これじゃ?と思われる竪堀を発見!!
定かではないが、初めての竪堀に満足

↓御局屋敷跡の下にあった竪堀らしきもの。画像では分かり難いかな。

各曲輪へ登るのに急なところもあったが、登って登って登る!感じではなかったので比較的楽(?)だった。
でも、実は、下りの斜面は内心ビビッてたんだぁ

最後に金吾丸跡を見て、姉川(野村)古戦場跡へ

陽が傾いた姉川古戦場跡、吹く風もひんやりとして、ゾゾッ

川沿いに咲く真っ赤な彼岸花に、ゾゾッ増し

壮絶な戦いがあったとは想像も出来ない、のどかな風景だ。
↓彼岸花

↓浅井軍が配した方向(左)と徳川軍が配した方向


夕景を求めて長浜城へ

ちょっと間に合わなかったかな・・・
↓長浜城横からの琵琶湖と長浜城


再び城下町へ戻り、夕食&スィーツ

(昨日も書いたけど・・・)
長浜に来たらこれでしょ!ってアタシの勝手な決めつけ

茂美志屋の「のっぺいうどん」は絶品でっす

抹茶あずきパフェは、500円と言う値段に「安い!」と思い、出てきた瞬間「小さっ!」と驚いた

これにてオフ終了!
幹事様、ご一緒させて頂いた皆様、お疲れ様でした&ありがとうございました!!
大好きな中世山城にテンション上がりっ放しで、多分、周りが見えてなかったよーに思います

失礼な言動等がありましたら、ご容赦くださりませ

いやぁ~!!今回も楽しみ過ぎぃ~

中世五大山城も残すところあと2城、来年のお楽しみです

腿&ふくらはぎがちょっこし筋肉痛だぁ

そそっ、帰りのSAで「カレーラムネ」購入。
自分の口へ運ぶ前に、みなさんに強制的に味見

なんとも微妙~


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